九鬼周造

《「いき」の構造》- 「いき」の内包的構造

岩波文庫

 

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まず内(ない)包(ほう)的(てき)見(けん)地(ち)にあって、「いき」の第(だい)一(いち)の徴(ちょう)表(ひょう)は(異(い)性(せい)に対する)「媚(び)態(たい)」である。

1,にあって:在……下,處於……情况下

翻譯:首先,在內涵的觀點之中,「粹」的第一個表徵是對異性的媚態。

 

(異性との関(かん)係(けい)が「いき」の原(げん)本(ぼん)的(てき)存(そん)在(ざい)を形(けい)成(せい)している)ことは、(「いきごと」が「いろごと」を意(い)味(み)する)のでもわかる。

翻譯:與異性的關係形成了粹的原初的存在,這能由「粹事」意謂為著「情事」而理解。

 

「いきな話(はなし)」といえば、(異性との交(こう)渉(しょう)に関(かん)する)話を意味している。

2,といえば:提示話题

翻譯:比方說「粹的話題」即意謂着有關於與異性的交往的話題。

 

なお((「いきな話」とか「いきな事(こと)」とか)いう)うちには、(その異性との交渉が尋(じん)常(じょう)の交渉でない)ことを含(ふく)んでいる。

3,なお:而且、此外

4,うちに:表示狀態或時間的詞,表示在某一期間内

5,……いう:提及……——前項為引用的內容

翻譯:此外,提及「粹的話」或「粹的事」時,包含與異性的不尋常的交往。

((近(ちか)松(まつ)秋(しゅう)江(こう)の『意(い)気(き)なこと』)という)短(たん)篇(べん)小(しょう)説(せつ)は(「女(おんな)を囲(かこ)う」)ことに関している。

翻譯:近松秋江的《意氣的事》這篇短篇小說是關於包養女人。

 

そうして(異性間の尋常ならざる)交渉は((媚態の皆(かい)無(む)を前(ぜん)提(てい)として)は成(せい)立(りつ)を想(そう)像(ぞう)する)ことができない。

6,ざる:不…否定助動詞,ざり的連體形。

翻譯:而且,與異性之間不尋常的交往如果沒有媚態作為前提的話,是不能想像其能成立的。

 

すなわち「いきな事」の必(ひつ)然(ぜん)的(てき)制(せい)約(やく)は何(なん)らかの意味の媚態である。

7,すなわち:換言之

翻譯:換言之,「粹的事」的必然的制約是某種意意的媚態。

 

しからば媚態とは何であるか。

8,しからば:如果那樣

若是如此,所謂的媚態是甚麼?

 

媚態とは、(一(いち)元(げん)的(てき)の自(じ)己(こ)が自己に対して異性を措(そ)定(てい)し、自己と異性との間に可(か)能(のう)的(てき)関係を構(こう)成(せい)する)二(に)元(げん)的(てき)態(たい)度(ど)である。

翻譯:所謂的媚態是一元性的自己對自己設定異性,在自己與異性之間構成可能的關係的二元性態度。

 

そうして(「いき」のうちに見られる)「なまめかしさ」「つやっぽさ」「色(いろ)気(け)」などは、(すべてこの二元的可能性を基(き)礎(そ)とする)緊(きん)張(ちょう)にほかならない。

而且在粹之中可見的「艷雅」、「艷麗」、「色氣」等,全部必然是以這個二元性態度作為基礎的緊張。

 

(いわゆる)「上(じょう)品(ひん)」はこの二元性の欠(けつ)乏(ぼう)を示(しめ)している。

翻譯:所謂的「高尚」顯示了這種二元性的欠缺。

 

そうしてこの二元的可能性は媚態の原本的存在規(き)定(てい)であって、(異性が(完(かん)全(ぜん)なる)合(ごう)同(どう)を遂(と)げて緊張性を失(うしな)う)場合には媚態はおのずから消(しょう)滅(めつ)する。

因此,這個二元的可能性是媚態的原初存在規定,在達成與異性圓滿地合而為一而失去緊張性的情況下,媚態會自然地消失。

 

媚態は(異性の征(せい)服(ふく)を仮(か)想(そう)的目(もく)的(てき)とし、目的の実(じつ)現(げん)とともに消滅の運(うん)命(めい)をもった)ものである。

9,とともに:同時,伴隨著某種變化的發生,其他變化也相繼發生

媚態是以征服異性作為假想目的,具有當目的實現的同時而消失的運命的東西。

 

(永(なが)井(い)荷(か)風(ふう)が『歓(かん)楽(らく)』のうちで(「((得(う)ようとして、得た)後の女ほど情(なさけ)無い)ものはない」)といっている)のは、(((異性の双(そう)方(ほう)において活(かつ)躍(やく)していた)媚態の自己消滅によって齎(もた)らされた)「倦(けん)怠(たい)、絶(ぜつ)望(ぼう)、嫌(けん)悪(お)」の情(じょう)を意味している)に相(そう)違(い)ない。

翻譯:永井荷風在《歡樂》之中提及「沒有比欲得而得到之女更悲傷之事」無疑是意謂着由在異性雙方之中曾活躍的媚態的自己消失而被帶來的「倦怠、絕望、嫌惡」之情。

 

それ故(ゆえ)に、(二元的関係を持(じ)続(ぞく)せしむる)こと、すなわち(可能性を可能性として擁(よう)護(ご)する)ことは、媚態の本(ほん)領(りょう)であり、したがって「歓楽」の要(よう)諦(たい)である。

10,したがって:因此

11,……せしむる:使役形,等同させる

翻譯:故此,讓二元關係持續下去這事,也就是,將可能性作為可能性擁護這事,是媚態的本分,因此是「歡樂」的真諦。

 

しかしながら、媚態の強(きょう)度(ど)は((異性間の距(きょ)離(り)の接(せっ)近(きん)する)に従(したが)って減(がん)少(しょう)する)ものではない。

12,しかしながら:然而、話雖如此

翻譯:話雖如此,媚態的強度並不隨與異性的距離接近而減少。

 

距離の接近はかえって媚態の強度を増(ま)す。

13,かえって:反而

翻譯:與異性接近反而增加了媚態的強度。

 

菊(きく)池(ち)寛(かん)の『不(ふ)壊(え)の白(しら)珠(たま)』のうちで((「媚態」)という)表(ひょう)題(だい)の下(もと)に次(つぎ)の描(びょう)写(しゃ)がある。

翻譯:菊池寬在《不壞的白珠》之中,在「媚態」這標題之下有以下的描寫。

 

「片(かた)山(やま)氏(し)は(……玲(れい)子(こ)と間(かん)隔(かく)をあける)やうに、なるべく早(はや)足(あし)に歩(ある)かうとした。

14,やうに:樣態,等同ように

15,なるべく:盡量

16,歩かう:歩こう

翻譯:「片山氏……為了與玲子拉開距離,盡量快步行走。

 

だが、玲子は、そのスラリと長(なが)い脚(あし)で……片山氏が、離(はな)れようとすればするほど寄(よ)り添(そ)つて、すれずれに歩いた」。

翻譯:但是,玲子用那修長的腳……片山氏越想離開她就越是接近般她,出神地走着 。」

 

媚態の要(かなめ)は、(距離を出(しゅっ)来(たい)得る限(かぎ)り接近せしめつつ、距離の差(さ)が極(きょく)限(げん)に達(たつ)せざる)ことである。

17,出(しゅっ)来(たい)得る限(かぎ)り:でき得る限り:盡最大可能

翻譯:媚態的要領是盡最盡大可能地讓接近距離的同時,不讓距離的差距達到極限。

 

可能性としての媚態は、実に動(どう)的(てき)可能性として可能である。

翻譯:作為可能性的媚態,其實是作為動的可能性的可能。

 

アキレウスは「そのスラリと長い脚で」無(む)限(げん)に亀(かめ)に近(きん)迫(ばく)するがよい。

翻譯:阿基里斯大可用修長的腳無限地迫近烏龜。

 

しかし、(ヅェノンの逆(ぎゃく)説(せつ)を成立せしめる)ことを忘れてはならない。

翻譯:但不要忘記這會使芝諾的謬論成立。

 

けだし、媚態とは、(その完(かん)全(ぜん)なる)形(かたち)においては、(異性間の二元的、動的可能性が可能性のままに絶(ぜっ)対(たい)化(か)された)ものでなければならない。

翻譯:大概,所謂的媚態,在其完全的形式下,必須是異性間的二元的、動的可能性以保持可能性的方式被絕對化的東西。

 

(「(継(けい)続(ぞく)された)有(ゆう)限(げん)性(せい)」を継続する)放(ほう)浪(ろう)者(しゃ)、(「悪(わる)い無限性」を喜(よろこ)ぶ)悪(あく)性(しょう)者(もの)、(「無(む)窮(きゅう)に」追(つい)跡(せき)して仆(たお)れない)アキレウス、この種(しゅ)の人間だけが本当の媚態を知っているのである。

翻譯:持續着「被持續的有限性」的流浪者、喜愛着「惡的無限性」的惡性者、「無窮地」追跡而永不倒下的阿基里斯,只有這種人類才知道真正的媚態。

 

そうして、かような媚態が(「いき」の基(き)調(ちょう)たる)「色っぽさ」を規定している。

翻譯:而這樣的媚態規定了作為粹的基調的艷麗。

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